奄美の黒糖地獄と先祖の因縁——
島役人の子孫が三六九の儀で解き清めた実話
こんにちは。SOTAと申します。三六九の儀の体験を執筆させていただくことになりました。
私は鹿児島県の奄美群島のなかの、ある島で生まれました。風にゆれるさとうきび畑、甘い黒砂糖、のんびりとした南の島——しかし島には、そのイメージとはまったく異なる、悲しみと恨みの歴史が埋もれていました。
子どものころから、何をしても恨まれている感覚がありました。頻繁に風邪をひき、30代では2度も肺炎で入院しました。精密検査を受けても「異常なし」。何かがおかしい、とずっと感じていたのです。
その答えを知るまでに、長い年月がかかりました。
この記事でわかること
- 先祖の因縁が「病気・恨まれる感覚・繰り返す不運」として現れる理由
- 奄美群島の歴史が生んだ、島役人の家系に流れる因縁の構造
- 三六九の儀を受けるまでの葛藤と、受けた後の変化
- 先祖の因縁を解くとはどういうことか——SOTAさん自身の言葉
子どものころから感じていた「恨まれている」感覚
子どものころ、私は母にこう言いました。
「お母さん、僕は何かがおかしいと思うから、大人になったら東京に行って、治してもらうね。」
母は「何を訳の分からないことを言っているの!」と答えました。隣で聞いていた妹も「お兄ちゃん、頭、大丈夫?」と言いました。
わかってもらえない寂しさを感じながらも、きっとどこかにわかってくれる人がいると、魂では感じていました。幸運にも30年後、大上先生・道子先生とのご縁をいただくことになりました。
繰り返す病気——精密検査でも「異常なし」
子どものころから大人になっても、頻繁に風邪をひきました。こじらせて気管支炎になることも多く、30代では2度も肺炎で入院しました。あまりに繰り返すため、免疫の異常がないか精密検査を受けましたが、結果は「異常なし」でした。
今思えば、これは子孫の繁栄を許さないほどの強い想念——先祖の因縁が体に現れていたのだと知りました。
島役人の家系に流れた、400年の因縁
なぜ、このような因縁が家系に流れるようになったのか。それを理解するには、奄美群島の歴史を知る必要があります。
薩摩支配と「黒糖地獄」——島民を苦しめた先祖の立場
1609年、薩摩藩が琉球国に侵攻し、奄美群島を直轄地としました。その後、島では「黒糖地獄」と呼ばれる時代が続きます。島民は黒糖をなめれば鞭打ち、抜き取れば死罪。食糧として稲やサツマイモさえ栽培を禁じられ、毒抜きしたソテツのデンプンで飢えを凌ぎました。
黒糖は大阪の市場で高額取引される薩摩藩のドル箱でした。明治維新を達成するほどの莫大な資金は、この島民の苦しみから生まれていたのです。
私のご先祖は、島役人でした。薩摩藩と島民の間に立ち、黒糖の徴収を担う立場でした。同じ琉球の民を苦しめ、恨みを一身に引き受けながら生きていた——そのご先祖の苦悩は、容易に想像できます。
歴史年表:奄美群島に流れた因縁の系譜
- 1609年:薩摩藩が琉球国に侵攻。奄美群島を直轄地化。女神官ノロ制度も崩壊へ
- 18世紀中頃:宝暦治水事件で薩摩藩が財政破綻寸前に。奄美で砂糖総買入制が導入され「黒糖地獄」が本格化
- 明治時代:琉球諸禄処分法により、ノロ(女神官)の公的地位が完全に消滅
- 現代:子孫であるSOTAさんの代まで、病気・恨まれる感覚として因縁が続く
琉球の女神官「ノロ」と、禁じられた祈り
それ以前、ご先祖の一族は琉球首里王家の系譜を継ぐ家でした。琉球国では、役人の妻は「ノロ」と呼ばれる女神官・シャーマンでした。国家の安寧と守護、五穀豊穣を祈る神聖な役職です。
しかし薩摩侵攻後、ノロとユタ(民間の霊能者)には禁止令が出され、違反すると遠島処分や処刑されました。ある時期から、家系図にノロの役職の記録が消えました。
10年ほど前、縁者とともにノロ神様の処刑場へお祈りに行きました。涙が溢れてきました。
「隠れノロ」として祈りを隠しながら生きた先祖、島民を苦しめた島役人として恨みを引き受けた先祖、薩摩と琉球の板挟みで苦悩した先祖——これらの想念と恨みが、代々子孫へと受け継がれていました。
大上先生との出会い——「先祖の因縁」を知るとき
大上先生・道子先生のことを知り、藁をもすがる思いで東京へ向かいました。先生方に、これまでの苦しみをすべて話しました。
100%、先生方は受け止めてくださいました。私はとても安心しました。
— SOTAさん先生方の拝察を通じて、島役人の先祖が背負った因縁の構造を初めて知りました。繰り返す病気も、恨まれる感覚も、「先祖の因縁」が現れたものだったのです。子どものころに感じていた「何かがおかしい」という直感は、間違っていませんでした。
三六九の儀を受けることにしました。
三六九の儀の後——何が変わったか
島民の御霊たちの苦しみが、解かれた
儀を通じて、先生方が御霊たちの苦しみを代弁してくださいました。黒糖地獄で命を奪われ、搾取された島民たちの無念。その怨念は「末代まで祟ってやる」と、私たち家族に向けられていたことを知りました。
その話を聞いたときの恐怖と不安は計り知れませんでした。しかし先生方の言葉——「解けないカルマはない」——を信じて、三六九の儀を受けました。
祈りが、日常の一部になった
三六九の儀を受けてからは、朝にカムナガラミチを唱えて祈願するように心がけています。最初は形だけでもと思って始めましたが、唱えるたびに不思議と心が整うのを感じます。
日々のお祈りを続けるほど、神様とのつながりが太くなり、塩盛りを合わせることで、大難が小難へと物事がスムーズに進むようになりました。
「道の島」に流れてきた因縁との和解
ご先祖が島民を苦しめてきた400年の因縁。隠れノロとして祈りを封じられた先祖の悲しみ。薩摩と琉球の板挟みで苦悩した一族の歴史。これらすべてが、三六九の儀を通じて解かれ始めました。
今でも、奄美に帰省したとき、実家の庭の岩にお線香をたて、お酒を供えてお祈りをします。祈りの島に生まれた子孫として、それが自然な姿に戻っていきました。
この記事のまとめ
まとめ
- 繰り返す病気・恨まれる感覚は、先祖の因縁が体に現れているサインである可能性がある
- 奄美群島の黒糖地獄という歴史的苦しみが、島役人の家系に深い因縁をもたらしていた
- 「解けないカルマはない」——三六九の儀を通じて、400年の因縁を解き清めることができた
- 儀の後、日々の祈りの実践が心の軸となり、生き方が変わっていった
同じような苦しみを抱えている方へ
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