2026年1月1日 2026年に向けて
真で生きよ
存在とは計り知れないほど大きく尊い
尊き命と人生を真で生きよ
真とは、己の存在そのものであり
他者の存在であり
ただ、在ることである
真とは、己の考えや想像ではない
真には全て「神の意」が宿る
考えや想像は「カルマの種」となる
みな 己の考えが正しいと思い込む
みな 己の想像が真実だと思いこむ
神の意には
進化成長の種しかない
神の意には
カルマの種がない
優れた者は
己の考えに固執する
劣等感を持つ者なら
誰かの思想にすがろうとする
どちらも真実を知らずに
己の行為を正しいと思い込む
神は真の中にある
命は愛として人に生まれ
命は愛として人を成長させる
人生という命のトキを
真で生きよ
1. 「真で生きよ」― リーダーの最上位原則
真で生きよ
経営における「真」とは、理念や理想を掲げることではありません。
立場・利害・恐れを差し引いた“在り方そのもの”で決めることです。
- 正しさを主張する前に、沈黙できるか
- 勝ち筋を探す前に、全体への影響を引き受けられるか
これが、リーダーに課される最上位原則です。
2. 存在の尊さを前提にした経営
存在とは計り知れないほど大きく尊い
人は「コスト」でも「資源」でもありません。
存在そのものが尊いという前提を置いたとき、経営は変わります。
- 数字を守るために人を壊さない
- 成果の裏にある犠牲を見過ごさない
尊厳を前提にした経営は、短期では不利に見えても、長期では必ず強い。
3. 「真」とは思考ではない
真とは、己の考えや想像ではない
戦略・仮説・分析は必要です。
しかし、それらは真そのものではない。
真とは、
- 事実が何を語っているか
- 沈黙の中で何が残るか
- 利害を外したとき、何がなお立ち上がるか
**思考の奥にある“逃げ場のない現実”**です。
4. 「神の意」とは何か(経営的翻訳)
真には全て「神の意」が宿る
ここでいう「神の意」は、宗教的教義ではありません。
経営の文脈では、全体が持続的に進化する方向性を指します。
- 一部の勝利ではなく、全体の成熟
- 目先の利益ではなく、循環と継続
この方向性に反する判断は、必ずどこかで歪みを生みます。
5. 思考は「カルマの種」となる
考えや想像は「カルマの種」となる
恐れ・優越・不足感から生まれた思考は、
将来の問題を内包した意思決定になります。
- 恐れからの締め付け → 離反
- 優越からの支配 → 反発
- 不足感からの拡大 → 崩壊
思考を使う前に、どの感情から生まれているかを点検せよ、という警告です。
6. 「正しさ」への固執が生む落とし穴
優れた者は 己の考えに固執する
能力の高いリーダーほど、ここに陥ります。
- 成功体験への執着
- 過去の正解の再現
- 知性による自己正当化
正しさへの固執は、進化を止める。
真は、常に更新されます。
7. 思想依存という別の危険
劣等感を持つ者なら 誰かの思想にすがろうとする
一方で、判断を他者の思想・流行・権威に委ねることも、真から遠ざかります。
- フレームワーク依存
- カリスマ依存
- 流行語依存
どちらも、自ら観ることを放棄した状態です。
8. 神は「真の中」にある
神は真の中にある
経営的に言えば、
答えは外にない。
- 現場
- 事実
- 沈黙
- 人の反応
そこに、次の一手はすでに含まれています。
9. 命=意識としての成長
命は意識として人を成長させる
リーダーの役割は、
人を管理することではなく、意識が成長できる場を守ること。
- 失敗が許される
- 真実が語られる
- 誠実さが評価される
この環境が、組織を育てます。
10. 人生という「トキ」をどう使うか
人生という命のトキを 真で生きよ
時間は、最も希少な経営資源です。
その使い道は、在り方そのものになります。
- 取り繕うために使うのか
- 真実に向き合うために使うのか
選択は、毎日の小さな決断に現れます。
総括(リーダーへの一文)
このみことのりは、
「考える前に、在れ」
「正す前に、観よ」
「導く前に、真に立て」
という、経営者・リーダーへの根源的な要請です。
真で生きるリーダーのもとに、
人も、組織も、未来も集まります。
